マーキュリアウェイ

第一回

「すべては事業のために」一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木建教授と語る

弊社は2016年10月17日、東証2部に上場しました。その後、12月に『「事業承継と日本の未来」~事業承継の現状と課題、今後の方向性~』というテーマで上場セミナーを開催、その中で一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木建教授に「すべては事業のために」と題して基調講演を行っていただきました。大変好評だったことから、改めて、弊社代表取締役豊島俊弘と対談をお願いし、弊社が考える「MERCURIA WAY(弊社が考える投資アプローチや投資スタンス)を皆様と共有したいと思っています。

投資家目線だと、主語はすべて企業だが
本来は個々の事業について発信されるべき

豊島
 プライベートエクイティ(PE)事業はトレーディングと違って長期的視野でしか語れませんが、一方で、上場企業となりますと四半期開示に加えて様々な情報発信がないと、株主は不安になってしまいます。適時開示事項以外で弊社の事業内容を株主の皆様に上手く伝える手段はないものかと考えた時、楠木先生の「すべては事業のために」という考えが、我々の事業戦略にもピッタリとはまるのではないかと考えました。
楠木
楠木氏
 「すべては事業のために」
 ―――。結局、企業活動の目的というのは長期にわたって利益を出すことにあって、それが出来ていれば、他のことは同時に達成できていくというのが、私の思考の大前提です。
 納税、雇用創出、従業員インセンティブは、利益が出ていなければかないませんし、その先に株主還元があるわけです。競争の中で「事業」を行い、独自の価値を作って、顧客が対価を払ってくれるからこそ「企業」が成り立つのです。
 ところがトリッキーなのは、投資家目線では、投資の対象は「企業」になるわけです。もし1つの会社に複数の事業が詰まっている場合、必ずしも「会社イコール事業」にはなりません。利益を出すのは個々の事業で、会社はその入れ物に過ぎない。投資家の目線だと、主語がすべて企業で語られていますが、本来は、個々の事業について発信するべきです。そうでないと、稼ぐ力の正体はわからない。
 ただ世の中の制度で、上場するには会社という入れ物が必要ゆえ、“会社”というフィクションが必要になる。極論すると事業が良ければ器は選ばないというのが「すべては事業のために」ということの本質なんです。
豊島
 「事業からの発想がすべての基本にある」という考えは賛成です。私は以前、日本政策投資銀行に勤務していました。90年代後半に不良債権が社会問題となりましたが、その時も世の中は企業名で騒ぎ立てました。
 当時、会社を整理するアプローチの中で、私的整理による債権放棄、会社更生、民事再生等、様々な手続がありましたが、どの手続きを選択するかで有利な人が変わるんですね。その時に考えたのは、会社には5つの概念がある。それは、「法人格」、「株主」、経営を任せられる「経営者」、「従業員」、最後に「事業部門」です。それに気づいた時、再生の対象はあくまで事業で、以来、事業に投資するという考え方をしてきたわけです。
 楠木先生の事業があるから会社があるという考え方は、金融という側面から考えても、実に的を射ています。そして、その考え方は、テーマが「再生」から「承継」に変っても一貫しています。
楠木
 「事業」をじっくりと見る人はどうしても少数派になります。投資家目線で見ると会社が単位になる。未上場の会社であっても、事業の中を見ていくのはそれなりの手間がかかります。投資対象がたくさんある中、投資家は、個別の事業の中身を知らない人が多い。
豊島
豊島
 特に上場企業では、“明日の株価が上がるのか下がるのか”に投資家の注目が集まります。ネットやビッグデータで世の中のスピードがどんどん速くなり、四半期決算を出しても、トレードは1/1000秒単位で株価が形成されていく。そんな単位では事業の実態は変わらないわけですが、一方で企業の内部情報、個別事業に深く入ると機密保持やインサイダーに触れてしまう。規制の枠組みの中で市場と対話するというのは、意外と難しいんですね。
 PEは未上場株式ですから、インサイダーは関係ありません。腰を据えてデュ―デリジェンスを実施し、経営者と対話していくのが特徴です。経営改革にも中長期で取り組めます。上場企業の中にも、経営のフレキシビリティを求めて上場を廃止して大胆な戦略展開を実施した上で再上場を目指す等、そういうプライべートとパブリックな市場の間を行き来する事例が増えています。こういう所でも、PEファンドが機能してステークホルダーが公正にいいとこ取りができるよう金融市場が機能すればよいと常々思っていますが、現実は、なかなか難しいですね。
楠木
 バイアウト承継投資に関連して興味深いのは、世代交代や関心の変化などの事情で会社のオーナーが、現在行っている事業の長期利益やポテンシャルに集中できなくなるような場合です。仮に器の中に1つしか事業が入っていなくて、外から見ているといかにも会社の経営者イコール事業経営者であるような場合に、オーナー経営者の事情で事業の潜在的なポテンシャルをうまく発揮できなくなるとか、そういう状況が事業承継を考えた時に顕在化することがあります。
 典型的には、株価が低い方が相続税が安くなるとか、経営は血縁からという考え方です。オーナーとしての関心が優先し、経営者が本来持っているはずの価値創造力が埋没してしまう危険があるのです。そういう観点では、バイアウト承継投資によって新たな成長を求める資金が入るというのは、これから、代替わりしていく日本企業にとり、事業成長を継続させるために非常に重要だと思います。
豊島
 政府の統計でみますと過去20年間で、中小企業経営者の中心年齢は19歳上がって、今やほとんどが70代。年金をフルにもらう人が事業のことを考えながら企業を成長させるというのは、流石に無理がある。制度的、あるいは意図的に社会で成功したいという人にチャンスを渡して行けるようならば良いのですが、その人たちは大体、資金がない。また、年々複雑化する経営管理やグローバルビジネスを管理する人材が不足していることもあります。そこの橋渡しをPEが出来るようなシステムが構築できないかと日々、考えています。
楠木
 以前に豊島社長に聞いて重要だと思ったのは、創業経営者が70代を超えても現職で権限を放さない。次世代を育て、事業価値を今後も高めるためにどうするのか。世の中の変化や競争が激しいのに、そちらに意識がいかない結果、タイミングを逃してしまうのが、もったいない話ですね。
豊島
 その点はファンドも偉そうなことは言えません。ファンドは株を取得した後、売って利益を出さなければいけないので、事業、事業と言っても、いざ、投資をするとなると買うのなら安く、売るのなら高いほうが良いとなる。どこまで事業に、寄り添う覚悟があるのかが明確ではないケースの方が多いのです。結果、『ハゲタカ』というイメージがついてしまう。そのような乱暴で欲深いというイメージからファンド業界を解放することによって、現在、日本で大きな問題になっている事業承継の分野により多様な資金が投資されるようなムーブメントを起こしたい。『ハゲタカ』のイメージを払拭し、会社、投資家から信頼されるために我々は上場したのです。

良い投資は上手くいくのが当たり前
上手くいったが当たり前ではないものは投資するべきではない

楠木
 御社の投資コンセプトの1つクロスボーダーというのは、国境という意味があると思いますが、それだけではないですよね。必ずしも国をまたぐような企業活動だけではなくて、例えば業界をまたぐとか、そういう意味合いも含まれていますよね。
豊島
 我々が常に言っているのは、国の壁、心の壁です。心の壁の中には、外国人が苦手であったり、規制緩和みたいなものもありますし、閉ざされた業界特有の考え方みたいなものを含んでいます。厳しいマーケット環境の中では、既成概念を超えたところというか、何かそういう切り口がなければ、利益も革新も生まれない。エクイティを使ってそのような挑戦を後押しする訳です。
楠木
 逆に私が伺いたいのは、そういった考えでPEをしておられるのですが、その中でも、御社が対象にしないものはあるのですか。それが分かると、益々、御社のコンセプトやターゲットが明確になりやすい。
豊島
 国の壁、心の壁と言いましたが、我々は純粋な技術は得意ではありません。そういうことから、技術革新の壁というのは対象にしていません。ただ、ここで言っているのは、基礎研究や創薬といったサイエンス的なもので、いわゆるIT活用企業については、対象としてきました。これらは、ビジネスモデルであって、既存テクノロジーを新しい分野に当てはめるのは心の壁という理解です。
楠木
 ベンチャーでもロボットのような新しい用途が開けていく分野はどうですか。
豊島
豊島
 ロボットに期待される分野は間違いなく広がっています。でも、結局ロボットが行う行為の一つ一つはセンサーであったり、モーターであったり、組込みソフトで制御されていたり、自動化という観点では既存のものです。おそらく、今イメージされているのは、そういった機能を超えてAIが思考したり、判断したり、または、意志伝達経路が従来と全くことなる、そういう特徴も含めてロボットの概念が拡がっているように感じます。これを開発するということになると、サイエンスや宗教観も含めて、まだまだ、私どもの手に負えません。
 それから、今日のテーマである“原点のすべては事業のために”というところなんですが、私たちにとって、良い投資とは5年を経過して、上手くいった場合には、それが当たり前と感じられるものなんです。逆に当たり前に理解できるニーズや競争力が無いものには、投資するべきではないと実は考えているんです。
楠木
 明快な基準ですね。
豊島
 ベンチャーキャピタルの場合、上場しそうな会社や話題のテーマを中心に、本当のキャッシュフローが見えにくいものであっても投資します。結果、上場したとたんに、当初テーマと全く関係の無い、ゲーム会社になったり、M&Aが本業になる会社も多いように思います。上場前後でストーリーが変わっても、投資は自己責任という御旗で押し通すところが多い。しかし、私どもは上場する事を自己目的として投資をしているのではなく、事業の生み出すキャッシュフローが継続的に成長する力があるかどうかを見て投資をしています。上場だったり、トレードセールスはあくまでも結果です。
楠木
 そうすると、多くの人がイメージする典型的なベンチャーキャピタルと対照的な関係になりますね。彼らはもしかすると、大化けするかもしれない会社に投資をしますが、御社は、むしろそういう人たちが興味を持たない業種に軸足を置いているイメージですね。
豊島
 昔はそういう夢のある分野にかなり初期の段階から入ることができたのですが、最近は、シェアエコノミー、フィンテックやAI等のテーマで、あっという間にバリュエーションが100億円超みたいなものが増えてきました。特に米国でユニコーン企業といわれるように、利益が出ない段階から1000億円超の事業価値で増資をする会社が出始めています。そういう世界はあっても良いですが、我々が追いかけても強みが無いと思います。
楠木
 面白いですよね。投資の意味が違っていて懸賞小説みたいな感じです。上場時に、期待されたストーリーと別なことを始めて、株価が下がるみたいな。
豊島
 本来はベンチャーキャピタルとしては集めた資金が何に使われているかチェックしなければいけない。
楠木
楠木氏
 私が最近勧めている本が東洋経済の「米国会社四季報」です。それを購入して任意のページを開くと、そこには4社が掲載されていますが、ほとんど聞いたことのない会社であることが多い。結局、どこの国でも実際の事業活動を担っているのは、そういう会社が多いわけで、日本から見ているとシリコンバレーとか、ティピカルなものしか見えない。むしろ米国会社四季報を日本人が見た時、知らない企業にこそ価値があったりする。日本で言うと皆が注目しなかったとしても、いい会社がたくさんあるはずなんです。
豊島
 大変、励みになる話で、例えば私たちが、ファンドを通じて投資している泉精器製作所は、典型的なニッチトップの会社です。電設工具では国内トップ。電動シェーバーの生産でも国内2位です。日本の厳しい安全基準を満たした製品は、海外でも人気です。なかなか、一般から目の届かない事業をフォローするのも大切な切り口だと思います。
楠木
 優れた技術を有する未上場企業は我々が知らないだけでたくさんあるんでしょうね。
豊島
 本当はそういう知られていない会社が海外に行って、しっかりとした地位を築ければ良いのですが、実際は海外に出るとコピー製品にやられてしまう。また、文化やマネジメントスタイルの違いもある。ここのところが難しい。対策としては現地人を含む経営力を持つことと、営業力を上げるのが先決です。
楠木
 本当は原理原則で言うと、作るより売る方が大切なんです。売れて初めて価値になる。日本製品に強みがあるのは間違いないので、そういう意味では、売ることの専門家が持っている売る力というのは、結果以外に逃げ場がないので深いですよね。最近読んで感動したのが、ジャパネットタカタの高田さんが、「きれいごとではなくて自分が良いと思った商品しか売らない」という言葉です。良いと思った商品は全身全霊で伝える。商売の原点として大切ですね。
 承継投資の例として、「SONOKO」がありますね。
豊島
豊島
 創業者の鈴木その子氏が急逝した後、事業承継で思うような成果がでなかった親族から当初、別のバイアウトファンドが事業を引き継いだのですが、さらに、再び売り先を探すことになり、弊社がバイアウトしたわけです。「SONOKO」は中国に進出しておりブランドイメージも高かったことから可能性を感じました。トップにLVMHグループでブランドマネジメントを手掛けてきた方を招聘することで、会社の戦略が明確になり、活力が生まれました。その結果、丸亀製麺でグローバルに成長著しいトリドールグループという懐の深いスポンサーを見つけることが出来ました。  昔の創業者は自分の親族と会社が分離していない人が多かったのですが、今の50代以下の経営者では子供に継がせたいという人は少なくなるのではないかと思います。承継にあわせて、若くて実行力のある経営者がどんどん出てくることをファンドとしても期待しています。
楠木
 星野リゾートの星野社長がファミリービジネスの研究に熱心で、ファミリービジネスを一番大きく捉えると未上場会社で、そうすると企業数は膨大である。日本のある基準で計ると、企業価値の半分がそういうファミリービジネスによって作られているそうです。星野氏曰く「上場をして投資家からの圧力にさんざん晒されていますが、優秀な社員が集まるなど人材には困らない。だが、そういう会社でも、頑張って業績を倍にするのは難しい。しかし、ファミリービジネスで適当にやっているところは、倍にするのは簡単。これからの日本の富を増やしていくとしたら、ファミリービジネスの方が伸びしろは大きい」。これは説得力のある意見だと思います。  PEというのは、特に資金だけではなくて、経営者を探してきたり、マーケティングとかセールスの機能も紹介してくれます。
豊島
 本来PEは、上場企業では無い訳ですから、星野さんのおっしゃるような、優れたファミリー企業に負けないよう、判断の早さや外部ソースの活用によって経営のスピードアップや、事業の拡大を図らねばなりません。さらに、ファミリーのしがらみが無い強みも示すことが期待されるのでしょうね。
楠木
 御社のようなPEは珍しいと思います。他にあまり競合が出てこない理由はなんでしょうか。
豊島
 競合はあると思いますが、アプローチは珍しいかもしれません。我々にはもともと日本政策投資銀行が出資していますし、伊藤忠商事や三井住友信託銀行といった事業パートナーがおります。そういう意味では私はオーナーではないんです。オーナーではなくプロフェッショナルとして会社を運営しているのです。どういうものを達成したいかという目標をパートナーと共有し、実績を世の中に出していきたいと思います。
楠木
 特にPEの場合に投資家を募るときに上場企業が主体になっていることは安心の担保になりますよね。
豊島
豊島
 投資家からの信頼と投資先からの安心。我々はそれを狙っています。〆